インパクトマップとは|研修を事業成果につなげる「逆算」の設計図と作り方

研修は予定どおり終わり、受講者アンケートの満足度も高い。それでも経営層から「それで、どんな成果が出たのですか」と聞かれた瞬間に言葉が出てこない。人材育成の現場で、もっとも多く聞く悩みのひとつです。
当社が人材育成担当者向けに開講したオンデマンド講座でも、「自社での効果測定は、職場の負担もあり研修直後に理解度と満足度を測定することしかできていない」という声が寄せられました。多くの企業が、測っていないのではなく、測ったものが成果の話につながらない状態にあります。
この行き詰まりを解くのがインパクトマップです。効果測定の道具のように見えますが、本来は研修を企画する段階で使う道具です。研修で身につける能力、職場でとる行動、そこから生まれる成果、そして事業目標までを一枚の図でつなぎ、研修と事業のベクトルを合わせます。この記事では、インパクトマップの構造と描き方を、2つの記入例とあわせて解説します。
「研修の成果を説明できない」の正体
まず、研修効果測定が実際にどこまでできているのかを見てみます。当社が国内の人材育成担当者に行った調査(回答194名)の結果は、次のとおりでした。
研修効果測定はどこまでできているか(当社調査・回答194名)
「できている」といえるのは約2割。最も多いのは中途半端な「少しはできている」層
読み取り:青(十分・半分)は合わせて19%。残る81%は、何かしら測ってはいるものの、成果として語れる状態にはなっていません。
この図で注目したいのは「ほぼできていない」38%ではなく、最も多い「少しはできている」43%です。この層は、アンケートを配り、集計し、報告書もつくっています。手間はかけているのに、その結果が事業の話につながらない。つまり多くの企業にとっての問題は「測っていないこと」ではなく、「測ったものが成果を説明する材料にならないこと」なのです。
これは日本に限った話ではありません。人材育成の国際会議ATDで報告された1,300名規模の調査でも、効果測定の取り組みとして最も多かったのは修了時アンケートの73%でした。一方、経営層への報告に職場での成果まで含めているのは47%にとどまり、自社の効果測定に満足していない担当者は3人に1人にのぼります。満足度で止まる構図は、世界共通の課題です。
ではなぜ、手間をかけても成果につながらないのでしょうか。理由は測定の技術ではありません。研修と成果をつなぐ道筋が、企画の段階で描かれていないからです。効果測定は「終わったあとに何を数えるか」の問題に見えて、実際には「始める前に何をつないでおくか」の問題です。道筋が引かれていなければ、研修後にどれほど精緻な手法を持ち込んでも、出てくるのは後づけの説明にしかなりません。
なお、経営層が知りたいことと人材育成チームが報告している内容の間には、もともと大きなずれがあります。年間レビューの伝え方そのものについては経営層に届く研修レビューの記事で詳しく扱っています。この記事では、その一段手前にある「道筋の描き方」に絞って進めます。
「研修は実施しているが、成果を説明できない」という課題は、企画段階の設計で解消できます。自社の研修をどう組み立て直すか、お気軽にご相談ください。
インパクトマップとは|研修と事業成果をつなぐ4つの箱
インパクトマップとは、職場で求める成果・職場で必要な行動・研修を通じて強化する能力・研修内容のベクトルを合わせるためのツールです。当社ではニーズ把握、研修設計、研修効果測定という3つの場面で使っています。一枚の図に整理するだけの単純なものですが、これがあるかないかで、研修が事業の話につながるかどうかが決まります。
この考え方は海外でも共通です。人材育成の国際会議ATDで登壇したCentre for Learning ImpactのAllan Bailey氏とLynette Gillis氏は、ビジネスインパクトマッピングを「研修のインプットから職場での成果までのロジックを明確にするツール」と定義し、これを研修効果を扱ううえでの第一歩と位置づけています。効果測定の手法を選ぶ前に、まずこの図を描く、という順番です。
インパクトマップの4つの箱(因果は左から右へつながる)
能力・知識・スキル
研修で何ができるようになるか
職場での行動
誰が、いつ、何をするか
職場で出る成果
個人・チーム・組織の各レベルで
事業ゴールへの貢献
どの経営目標に効くか
← 描くときは、この矢印を逆にたどります。事業ゴールを先に決め、そこから成果・行動・能力へと降りていくのが企画の順番です。
4つの箱は、隣どうしが因果でつながっています。能力が身につくから行動が変わり、行動が変わるから職場に成果が出て、その成果が事業ゴールに効く。逆に言えば、どこか一つの箱が空欄のままなら、その先はつながりません。「研修を実施した」と「売上が伸びた」の間には、本来3つの箱があるということです。この3つを飛ばして両端だけを結ぼうとするから、説明が苦しくなります。
4つのうち、実務でもっとも抜け落ちやすいのが行動の箱です。能力は研修プログラムの目次から書けますし、事業ゴールは中期経営計画から引いてこられます。しかし「その能力を使って、職場の誰が、いつ、どんな場面で、何をするのか」は、現場を知らなければ書けません。ここが空欄のまま研修を実施すると、受講者は研修室を出た瞬間に何をすればよいか分からなくなります。
そしてもう一つ、この図には向きが2つあるという特徴があります。因果を読むときは左から右へ。しかし実際に描くときは、右端の事業ゴールから左へ戻ります。この「逆向きに考える」という点が、インパクトマップが単なる整理表ではなく設計図である理由です。次章で詳しく見ていきます。
なお、インパクトマップはブリンカホフのサクセスケース・メソッドでも最初のステップに置かれています。カークパトリックやフィリップスを含む各モデルの違いと選び方は効果測定モデルの比較で扱っていますので、そちらをご覧ください。この記事では、どのモデルを選ぶ場合でも共通して必要になる土台の部分に絞って解説します。
その土台という位置づけは、実務の手順を整理してみるとはっきりします。当社が効果測定の実践3ステップで整理しているとおり、単発研修とシリーズ研修とでは踏む手順が変わります。研修中に職場実施の状況が見えるシリーズ研修では、アンケートを省ける場合もあります。それでもインパクトマップだけは、どちらの形態でも必ず引く唯一の手順です。
インパクトマップの描き方|右から左へ逆算する4ステップ
ここからは実際の描き方です。研修の企画というと、まず「どんな内容にするか」から入りがちですが、インパクトマップは逆です。右端の事業ゴールから始めて、左へ降りていきます。研修内容の話が出てくるのは、いちばん最後です。
事業ゴールを、数字で書く
「売上を20%増やす」「残業時間を3割減らす」「開発期間を2週間短縮する」のように、数字で表せるところまで具体化します。ここが曖昧なままだと、この先の3つの箱はすべて埋められません。
その事業ゴールに効く「成果」を書く
職場で何がどう変われば、そのゴールに近づくのか。個人・チーム・組織のどのレベルの成果なのかまで分けて書くと、あとで測る対象がはっきりします。
その成果を生む「行動」を、誰が・いつ・何をするかまで書く
研修後にどこの職場で誰が何をすればよいのか。ここは現場に聞かないと書けない箱です。逆にここが書ければ、研修の目標と職場の期待が同じものを指すようになります。
その行動に必要な「能力」を書き、そこから研修内容を決める
行動が決まって初めて、必要な知識・スキルが決まります。研修プログラムの中身を考えるのは、この段階です。ここまで来ると、内容を盛り込みすぎることが自然になくなります。
この順番でたどると、研修内容を決める作業が最後に来ます。これは実務上とても大きな違いを生みます。内容から考え始めると「あれも入れたい、これも役に立ちそう」と足し算になりますが、ゴールから降りてくると、その行動に要らないものは自然に落ちるからです。研修時間が足りないという悩みの多くは、順番を変えるだけで軽くなります。
4つの箱が埋まったら、最後にもう一つだけ決めておくことがあります。その成果を裏づける証拠を、どのデータで見るかです。多くの場合、新しく測定を始める必要はありません。職場ですでに動いているKPIの中に使えるものがあります。大切なのは、これを研修が終わってから探し始めないことです。ATDに登壇したKevin Yates氏は、研修前の段階から関係者を巻き込み、どのKPIで評価するかを決めておくべきだと指摘しています。研修後に考え始めるのでは遅い、というわけです。
当社の人材育成担当者向け講座を受講された方も、この順番の意味をこう表現しています。「インパクトマップを参考に、研修企画の段階から、研修成果、受講者に求められる行動、そのために必要な能力、研修内容の順に考えていきたい」。企画の思考順そのものを入れ替える、ということです。
逆算が必要な理由は、研修が単体で成果を出すものではないからです。ジャック・フィリップス氏の評価モデルでも、企画は上位のビジネスゴールから下へ降ろし、情報収集は下から上へ積み上げる、という形が取られています。またリーダーシップ研究で知られるJack Zenger氏は、企業研修が失敗する落とし穴の一つに「経営戦略に合っていないこと」を挙げ、経営戦略から逆算して研修をつくらなければ意味のある成果は出ないと述べています。逆算は流儀の問題ではなく、成果を出す条件です。
では、実際に埋めるとどうなるのか。異なる2つの研修で見てみます。左は当社が新入社員向けの営業プレゼン研修で描いた例、右はATDで紹介された会議マネジメント研修の例です。
2つの例を見比べると、同じ4つの枠が、研修の内容が変わればまったく違う言葉で埋まることが分かります。つまりインパクトマップは、特定の研修のための様式ではなく、どんな研修にも当てはめられる共通の型だということです。自社の直近の研修を思い浮かべながら、右端から順に書き出してみてください。
そして、書き出してみると多くの場合、どこかの箱で手が止まります。事業ゴールが出てこない、行動が思い浮かばない、成果が言葉にならない。この「止まった箱」こそが、その研修の弱点です。手が止まったこと自体が、企画段階での重要な発見になります。
自社の研修でインパクトマップを描いてみたい、途中で手が止まる箱があるという場合は、実際の企画に沿って一緒に整理することもできます。
描く前に確かめる2つのこと
インパクトマップは万能ではありません。描き始める前に確かめておきたいことが2つあります。ひとつは「その課題は、そもそも研修で解けるのか」。もうひとつは「その研修に、時間をかけて引く価値があるのか」です。順に見ていきます。
1. その課題は、そもそも研修で解けるか
研修のニーズを聞き取るとき、当社では「どのような状態になってほしいか」「今はどうなのか」「何がそうさせているのか」という3段階で掘り下げます。このうち難しいのが3つ目です。当社の講座を受講された方からも、何がそうさせているのかを深掘りすると、研修ではないソリューションが必要な場合も出てくるという気づきが挙がりました。
ATDでも同じ論点が扱われています。eラーニング設計で知られるTim Slade氏は、職場でパフォーマンスが出ていない原因を4つに整理したうえで、参加者にこう問いかけました。「このうち、研修で直せるのはどれですか」。
パフォーマンスが出ない4つの原因と、研修で解決できる範囲
知識(KNOWLEDGE)|研修で解決できる
やり方や判断基準を知らない。必要な情報が届いていない。研修がもっとも力を発揮する領域です。
スキル(SKILL)|研修で解決できる
知ってはいるが、できない。練習の場が足りていない。演習やロールプレイで扱える領域です。
動機づけ(MOTIVATION)|研修だけでは動きにくい
できるがやらない。やる理由が腹に落ちていない。研修で一時的に高まっても、評価や上司の関わりが伴わなければ戻ります。
環境(ENVIRONMENT)|研修の外側の問題
やろうとしてもできない。仕組み、権限、ツール、業務量が壁になっている。ここが原因なら、変えるべきは研修ではありません。
4つのうち、研修が直接効くのは上の2つです。原因が動機づけや環境にあるなら、どれほど良い研修を設計しても、マップの真ん中にある「行動」の箱は動きません。裏を返せば、行動の箱を書こうとして手が止まるとき、その原因はたいてい下の2つにあります。研修をやらない、あるいは研修と職場側の手当てをセットで提案する。それも企画のうちです。
2. その研修に、マップを引く価値があるか
もうひとつは対象の絞り込みです。年間に何十本と実施する研修のすべてにマップを引き、成果まで追いかけるのは、時間と予算の面で現実的ではありません。ATDに登壇したKevin Yates氏も、すべての研修について効果測定を行うのは非現実的だとしたうえで、対象を選ぶ5つの判断基準を挙げています。
判断の軸は、必須の3つです。この3つが揃っているなら、受講者が少人数でも引く価値があります。逆に、当てはまるのが2つ以下ならマップを描く前にやることがあります。その研修は何のために実施するのかを、依頼元や経営層と詰め直すことです。マップは、決まっていないものを決めてくれる道具ではありません。空欄のまま描き進めても、あとで測る対象が見つからないだけです。
誤解のないように補足すると、事業ゴールにつながらない研修に価値がないという意味ではありません。法令遵守のように実施そのものが目的の研修や、社員が自分の意思で選ぶ自己啓発の研修は、事業成果とは別のものさしで評価すべきものです。インパクトマップを引くべきなのは、事業成果を期待して実施する研修です。この線引きをしておくと、限られた時間をどこに使うかがはっきりします。
「この課題は研修で解けるのか」「どの研修から手をつけるべきか」の切り分けは、外部の目を入れると早く進みます。現状をうかがったうえで整理をお手伝いします。
機能しないマップに共通する3つのこと
4つの箱を埋めたのに、いざ研修が終わると結局いつもの報告書になってしまう。これは珍しいことではありません。マップは、埋まっていることと機能していることが別だからです。ここでは、人材開発コンサルティング会社GP StrategiesがATDで示したマッピングのヒントと、ブリンカホフの知見をもとに、つまずきやすい3点を整理します。
3つに共通しているのは、マップが研修の設計図にとどまっていて、事業の設計図になっていないことです。研修担当者だけで書き上げられてしまうマップは、たいていこの状態になります。成果の言葉は事業部門の言葉で、職場の条件は上司との会話で、それぞれ埋めるべきものだからです。
できあがったマップを点検する方法はひとつです。声に出して語ってみてください。「この研修でこの能力が身につくと、職場でこういう行動が起きて、その結果こうなり、最終的に事業のこの目標に効きます」。そして逆からも語ってみます。「この目標を達成するにはこの成果が必要で、そのためにはこの行動が要り、だからこの能力を鍛えます」。どちらかで言葉に詰まる箇所が、埋め直すべき箱です。
インパクトマップは、特別な道具ではありません。研修と事業をどうつなぐつもりなのかを、企画の段階で一枚に書き出しておくだけのものです。それでも、書いてあるかどうかで研修の終わり方は大きく変わります。終わってから成果を探すのか、最初に決めた道筋を確かめるのか。この違いが、冒頭で見た「説明できない8割」と「説明できる2割」を分けています。
描いたマップをもとに研修全体をどう組み立てるかは研修設計の進め方で、実際に成果を出して測って伝えるまでの手順は効果測定の実践3ステップで扱っています。他社が実際にどう進めたのかは研修事例もあわせてご覧ください。
研修を事業成果につなげる設計を、一緒に描きませんか
アイディア社では、研修の企画段階からインパクトマップを用いて、事業ゴールから逆算した設計をご支援しています。「成果を説明できる研修にしたい」「どこから手をつければよいか分からない」といった段階からのご相談も歓迎です。
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