研修ROIを実際に出した海外企業の測り方|ASML 212%・DDI 424%の舞台裏

研修の費用対効果(ROI)は、特別な才能や巨額の予算がなくても測れます。鍵は「すべての研修を測ろうとしない」ことです。重要な研修に絞り、どのレベルまで測るかを決める——この設計さえ押さえれば、研修の価値は数字で語れるようになります。
実際、世界最大の人材育成国際会議ATD 2025では、半導体露光装置メーカーのASMLが研修投資のROI212%を、人材開発大手のDDIが424%という数字を、いずれも再現可能な方法で示しました。一方で日本企業では、研修効果測定が「ほぼできていない」と答えた担当者が38%にのぼります(アイディア社調べ、194名)。この差は能力ではなく、測り方の設計の差です。
本記事は、ATD 2025の現地取材で得た海外先進企業の測定手法と、アイディア社が日本企業向けに整理した実践フレームをまとめたものです。元になった現地レポートは無料でダウンロードいただけます。ATD人材育成国際会議2025 報告会レポート(無料ダウンロード)もあわせてご覧ください。
なぜ多くの研修は「効果が言えない」のか?
多くの研修で効果を言葉にできない最大の理由は、測定が「難しいから」ではなく、そもそも測る設計になっていないからです。まずは、研修効果測定をめぐる現状を数字で確認します。
この数字が示すのは、効果測定が「一部の優れた企業だけにできること」ではないという事実です。日本では十分にできているのはわずか2%、ほぼできていないが38%を占めます。一方、研修効果測定に予算を割く組織は全体の約4分の1にとどまりますが、その中の64%は「研修の成果は証明できる」と答えています(Leo Learning×Watershed調査)。つまり「測れない」のは研修の宿命ではなく、測ると決めて投資し、設計したかどうかの差なのです。
もう一つの原因は、測る「対象」のずれです。受講後の満足度やテストの点数をいくら測っても、ビジネス成果は見えてきません。ATDで繰り返し指摘されるのは、研修を「知識のインプット」から「職場での成果」へと視点を移すと、効果測定は一気にやさしくなるという点です。エンゲージメント、経営方針の実現、経費削減、リスク回避、成果と効率の向上——本来測るべきは、こうした職場の変化です。
では、その「職場の成果」を、どの物差しで測ればよいのでしょうか。次に、効果測定の代表的な3つのモデルを整理します。
効果測定の3つの物差し(Big3)とは?
研修効果測定には、世界標準といえる3つのモデルがあります。どれか一つが正解というものではなく、目的に応じて使い分ける「物差し」だと捉えると、迷いがなくなります。下の図は、それぞれを「どんなときに選ぶか」で整理したものです。
カークパトリック・モデル(4段階・最も普及)
反応→学習→行動→成果の4段階で、効果が「どの段階で止まったか」を見ます。社内外で話が通じる、最初に押さえたい基本の物差しです。
フィリップス・モデル(5段階+費用対効果)
カークパトリックに「レベル0:インプット」と「レベル5:ROI」を加えた拡張版です。成果を金額に換算するところまで踏み込める、経営層に投資対効果を示したいときの物差しです。
ブリンカホフ SCM(サクセスケース・メソッド)
受講者を「成果が出た人・まだ出ていない人・手前の人」に分け、成果が出た人を深掘りして"なぜ出たか"を解明します。次回の改善材料を得たいときに強い物差しです。
このように、3つのモデルは競合ではなく役割分担です。経営層への説明で金額を求められるならフィリップス、現場で「なぜ成果が出たのか」を突き止めて改善したいならSCM、そしてその土台となる共通言語がカークパトリック、という具合に目的で選び分けます。
そして実務で最も重要なのは、これらのレベルを「どこまで測るか」の線引きです。レベルが上がるほど測定の手間は増えるため、すべての研修を最上位まで測るのは現実的ではありません。次に、その線引きの目安を示すフィリップスのルールを見ていきます。
「全部測らなくていい」——フィリップスの割合ルールとは?
効果測定でつまずく最大の原因は、すべての研修を、すべての段階で測ろうとすることです。フィリップスは、レベルが上がるほど測る研修の数を絞るという明確な目安を示しています。下のグラフは、各レベルを「全研修のうち何割で測れば十分か」を表したものです。
どのレベルを全研修の何割で測るか(フィリップスの推奨目安)
上の段階ほど測る対象を絞る。ROI(レベル5)は重要研修の5〜10%だけで十分
ポイント:レベル1〜2は研修中の演習観察や簡単なテストで測り、手間のかかるレベル4〜5は本当に重要な研修だけに絞る。
このグラフが示すのは、上の段階ほど測る対象を絞っていく「逓減」の構造です。満足度や理解度(レベル1〜2)はほぼすべての研修で測ってかまいませんが、行動変容(レベル3)は3〜4割、ビジネス成果(レベル4)は1〜2割、そしてROI(レベル5)は本当に重要な研修の5〜10%に絞ります。すべての研修をROIまで測る必要はなく、「この研修はどこまで測るか」を企画の段階で決めておくことが、現実的な効果測定の第一歩です。
自社の研修をどのレベルまで測るべきか整理したい場合は、お問い合わせからご相談いただけます。
では、この「絞って測る」という考え方を、実際に大規模な現場で実践した企業を見てみましょう。次に、半導体大手ASMLがROI212%を出した測り方を紹介します。
ASMLはどう212%を出したか?
「絞って測る」を世界最大級の規模で実践したのが、半導体露光装置メーカーのASMLです。従業員4万4,000人を抱える同社は、社内に1万5,000以上の学習ソリューションを持ちながら、研修投資のROI212%を可視化しました。その鍵は、すべてを同じ深さで測らず、研修の重要度で測り方を3つに分けたことです。
ASMLの肝は、測定そのものを軽くする工夫ではなく、「どの研修にどれだけの測定リソースを使うか」を最初に設計したことにあります。全社で使える軽い指標(ルートA)を土台に、本当に投資対効果を問いたい研修だけROIまで踏み込む(ルートC)。これはまさに、前章で見たフィリップスの「レベルが上がるほど絞る」という考え方を、4万人規模で運用に落とし込んだものです。
なお、アイディア社自身が日本の製薬メーカーR&D部門で行った個別育成と効果測定の事例は、こちらの研修事例で詳しく紹介しています。会議力が研修前後で2.83から4.00へ向上した、前後比較の実例です。
ASMLが「絞って深く測る」設計だとすれば、次に見るDDIは「測った結果を経営層にどう見せて、事業の意思決定につなげるか」を突き詰めた事例です。
DDIの「Logical Path to Impact」で424%を出す
ASMLが「どこまで測るか」の設計だとすれば、人材開発大手のDDIは「測った結果を事業の言葉に翻訳する」ことに長けた事例です。DDIは効果測定を、ニーズの確認から事業インパクトまでをつなぐ4段階の道筋として整理し、リーダーシップ開発でROI424%を実証しました。
A Logical Path to Impact(DDI)― 投入から成果へ4段階で測る
前半2つ(青)は投入の確認、後半2つ(緑)が事業成果の確認
重要ニーズに当たっているか
アセスメント結果・ビジネス優先度に基づくニーズ分析
うまく実施できているか
完了率・受講者の反応・上司サポート・研修の関連性
人材が強化されたか
新スキルの職場応用・重要ロールを埋める力・リテンション向上
事業が前進したか
離職コスト削減・顧客満足・収益成長
この道筋が優れているのは、効果測定を「研修の良し悪し」ではなく「事業への効き目」へ一本道でつなげている点です。前半のFOCUSとPROCESSは、正しいニーズに当て、きちんと実施できたかという投入の確認。後半のOUTCOMESとIMPACTで初めて、人材の強化と事業成果という"結果"を問います。経営層が知りたいのは右側の2つであり、ここを言葉にできるかどうかが、研修の評価を分けます。
DDIがこの道筋に沿って測定したリーダーシップ開発では、次のような事業インパクトが示されました。
424%という数字は単独で生まれたものではなく、「離職が80%減って2,000万ドルのコストが浮いた」「年間8,750時間が削減された」という、現場で起きた事業成果を金額や時間に換算した結果です。重要なのは、こうした成果を経営層に伝わる形へビジュアル化していること。複雑なデータを色や図で整理し、ステークホルダーが重視する指標に合わせて見せることで、研修部門は"サービスの提供者"から"事業の相談相手"へと立ち位置を変えています。
ここまで、海外先進企業がどう測り、どう成果を示したかを見てきました。では、これを日本企業が自社で再現するには、何から手をつければよいのでしょうか。最後に、アイディア社が日本向けに整理した実践フレームを紹介します。
日本企業がすぐ使える型:TRANSFER→MEASURE→SHARE
海外の212%や424%も、突き詰めれば「成果を出す→測る→伝える」という順番の徹底です。アイディア社はこの順番を、日本企業がすぐ使える3ステップ「TRANSFER(成果を出す)→MEASURE(測る)→SHARE(伝える)」として整理しています。順番に意味があり、最初の一手は測定ではなく"成果を出す設計"です。
TRANSFER:まず測れる成果を出す
成果がなければ測りようがありません。内容を絞る・演習中心にする(講義3:演習7)・単発でなくシリーズにしてフォローする・上司を巻き込んで職場で即実践する。この設計が、測れる成果を生みます。
MEASURE:SCMで「成果が出た人」を深掘りする
全員を均等に測るのではなく、受講者を成果で3つに分け、出た人・出ていない人に絞ってヒアリングします。
成果が出た人(約15%):深掘りして「どんな成果が・なぜ出たか」を解明し、再現の型にする
成果が出ていない人:「どんな障害があったか」を簡単にヒアリングする
手前の人(大多数):細かく測らず、成果が出た人の知見を次回の改善に回す
SHARE:「成果×能力」の2軸で経営層に伝える
職場での成果(アウトプット)と研修前後の能力変化を2軸で見せると、成果重視の経営層も成長重視の経営層も納得します。データの羅列よりストーリーを、過去の結果より今後の改善を語るのがコツです。
ASMLもDDIも、やっていることはこの順番の徹底です。まず成果が出る研修を設計し(TRANSFER)、重要なものに絞って測り(MEASURE)、経営層に伝わる形で見せる(SHARE)。日本企業がいま着手すべきは、いきなり高度な測定ツールを導入することではなく、最初のTRANSFER——成果が出る研修設計と定着フォロー——から始めることです。
研修効果測定や最新の人材育成トレンドの情報は、アイディア社のメールマガジンでも定期的にお届けしています。
よくある質問(研修ROI・効果測定)
研修ROIの計算式は?
研修ROIは「(研修の便益 − 研修の費用)÷ 研修の費用 × 100%」で計算します。フィリップスのROI Methodologyにもとづく考え方で、便益には離職コストの削減や業務時間の短縮などを金額に換算して用います。すべての研修で算出する必要はなく、投資の大きい重要な研修に絞って行うのが現実的です。
すべての研修を測るべきですか?
いいえ。レベルが上がるほど測る対象を絞るのが原則です。満足度や理解度(レベル1〜2)はほぼ全研修で測ってよいものの、ROI(レベル5)は本当に重要な研修の5〜10%で十分とされています。ASMLが3つのルートで測り方を使い分けているのも、同じ考え方です。
効果測定は何から始めればよいですか?
まず、測る対象を「受講後の満足度」から「職場での成果」へ移すことから始めます。そのうえで、成果が出た受講者を深掘りして"なぜ出たか"を解明するSCM(サクセスケース・メソッド)であれば、特別なツールがなくても小さく始められます。最初から全段階を測ろうとせず、重要な研修を一つ選んで取り組むのがおすすめです。
海外先進企業の測定手法を、もっと詳しく
本記事で紹介したASML・DDIをはじめ、ATD 2025で発表された最新の研修効果測定の事例は、無料レポートに詳しくまとめています。自社の効果測定の設計に迷う場合は、お気軽にご相談ください。
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