ATD ICE 2021レポート|グローバル人材育成トレンドと日本への示唆

ATD2021 帰国報告会レポート(全55ページ)を無料でダウンロード
心理的安全性、定着フォロー、研修効果測定(ROI)など18セッションの最新トレンドと企業事例を、スライド・ビジュアル付きでまとめたフルカラーレポートです。
ATD ICE 2021とは
ATD(The Association for Talent Development)は1944年設立の非営利団体で、世界120カ国以上に約40,000人の会員を持つ世界最大級の人材育成組織です。そのATDが毎年アメリカで開催する国際大会「ICE(International Conference and Exposition)」は、約200のセッションと300以上の出展ブースを擁する業界最大級のイベントで、世界中から数千人の人材育成関係者が集まります。セッションは、リーダーシップ開発・ラーニングテクノロジー・タレントマネジメントなど15のトラックに分かれて展開されました。
2021年は8月29日〜9月1日、アメリカ・ユタ州のソルトレイクシティで開催されました。注目すべきは、これが「コロナ後初の現地開催」だったという点です。前年のATD2020は新型コロナウイルスの影響で対面開催が中止となったため、2021年は2年ぶりの現地開催となり、コロナ後の人材育成がどこへ向かうのかを示す起点として大きな意味を持ちました。当時はリモート参加者が多く会場は例年より静かでしたが、セッション資料と映像はリアルタイムで確認することができました。本記事では、ATD ICE 2021で特に注目を集めた3つのトレンドと、それぞれが日本の人材育成にどう効くのかをお伝えします。
ATD国際会議の開催形態の推移
例年どおり大規模な現地開催。世界中の人材育成関係者が一堂に会した。
新型コロナで対面開催が中止。アイディア社の帰国報告会レポートも欠番となった。
ソルトレイクシティで2年ぶりに現地開催。約200セッション・300ブース・15トラック。
この「中止からの再開」という流れは、単なる開催情報ではありません。読者である人材育成担当者にとって重要なのは、2021年のトレンドが「コロナ禍の緊急対応」ではなく「コロナ後を見据えて練り直された設計思想」として共有されたという点です。つまり、これから紹介する3つのトレンドは一過性の対処法ではなく、これからの研修設計の土台として読む価値があります。
ATD ICE 2021の3大トレンド
ATD ICE 2021で特に大きな関心を集めたのは、次の3つのトレンドでした。いずれも「コロナ後の人材育成をどう設計し直すか」という問いへの答えとして語られています。
今だからこそマインドが大事
物理的な距離がある環境で、心理的安全性やエンゲージメントなど「人間関係の質」を意識的に高める必要性が浮き彫りになった。
ラーニングテクノロジーが主役へ
集合研修は「わざわざ集まる理由」が問われる時代に。オンライン・VR・短尺動画・個別最適化が学びの中心へ移る。
やっと研修効果が注目されている
効果測定と定着フォローが「あれば良い」から「不可欠」へ。アナリティクスの進化がその実施を後押ししている。
共通する視点:3つのトレンドに共通するのは、研修の「形式」よりも、学びが「行動」に変わるかどうかを重視するという視点の転換です。
トレンド1:今だからこそマインドが大事
デジタルツールによる働き方の変化が急速に進むなかで、人間的なつながりの質が改めて問われています。ATD ICE 2021でも、マインド系のテーマが最も大きな関心を集めました。
中心となったのが「心理的安全性」です。報告会では、心理的安全性が単一の概念ではなく、信頼を支える4つの柱(4 Pillars)から成り立つと整理されました。大きくは、ロジカルで一貫性のある行動への信頼(認知的信頼・左脳的要素)と、共感を持って誠実に意見を伝える姿勢への信頼(感情的信頼・右脳的要素)の2つに分かれ、それぞれがさらに2つの要素を持ちます。
この4分解が実務に効くのは、「心理的安全性を高めよう」という曖昧な目標を、観察できる4つの行動(一貫性・能力・共感・素直さ)に落とし込めるからです。読者である育成担当者は、研修や1on1で「自社にどの柱が足りないか」を診断し、鍛える対象を具体化できます。さらにNowack氏が紹介した調査(N=1,095)では、信頼の高い職場は低い職場に比べてエンゲージメントが76%高く、仕事の喜びが60%高い一方、バーンアウトは40%低いという結果が示されました。心理的安全性は「雰囲気づくり」ではなく、生産性と離職に直結する投資対効果のテーマだと言えます。
あわせて「エンゲージメント」も重要テーマとして取り上げられました。仕事への一体感が薄れやすい環境では、モチベーションを意図的に高める働きかけが欠かせません。また、相手を尊重しながら自分の意見を率直に伝える「アサーティブコミュニケーション」も、距離のある環境での関係維持に有効とされました。感情を扱うセッションでは、怒りや不安といった基本感情を強度別に言語化する5段階のアプローチ(Christen氏)も紹介され、EQ(感情知性)を「高めましょう」で終わらせない実践的なツールが共有されています。
異文化やリモート環境で信頼を築くマインド・コミュニケーション力は、グローバル人材育成研修でも中核に置くテーマです。自社の育成設計に取り入れたい方は、あわせてご覧ください。
トレンド2:ラーニングテクノロジーがメイン、集合研修はマイナーへシフト
ATD ICE 2021で明確に示されたのは、「コロナが終息しても集合研修がメインに戻ることはない」という予測です。受講者に「わざわざ集まる必要があるか」と問われたときに説得できる理由がなければ、集合形式は選ばれなくなっていく——その現実が共有されました。だからこそ、オンライン研修の講師スキルと運営品質の向上が急務とされ、演習中心の設計や双方向の講師スキル、講師を運営から解放するプロデューサー役の導入などが具体策として挙げられました。
では、オンラインでも受講者を引き込むeラーニングはどう設計するのか。報告会で大きな注目を集めたのが、Facebookの事例です。Facebookは「つまらない」「交流がない」「上司を巻き込めない」「効果が出ない」というeラーニングにありがちな4つの課題を、明確な数字に基づく設計で乗り越え、95%という高いエンゲージメントを実現しました。
この事例が読者である育成担当者に示すのは、「魅力的なeラーニング」は感性ではなく設計で再現できるということです。修了基準・クラス規模・伴走役を数字で決め、完璧を求めずに改善を回す——この手順は、従来型の一方的なeラーニングから抜け出す具体的な道筋になります。
テクノロジー面では、VRの可能性も改めて議論されました。VRの本当の魅力は「現実に近い体験ができること」ではなく、「事前に安全な環境で何度も疑似体験できること」と「デジタル環境でのデータ収集による個別フィードバック」にあるという指摘は、現在も示唆に富んでいます。eラーニングについても、従来の長くて総合的なコンテンツは時代遅れになりつつあり、ゲームのようなシナリオに沿った参加型演習や、短尺でテンポよく引き付ける動画、さらにNetflixやAmazonのように受講者一人ひとりのニーズに合わせるアルゴリズムの重要性が強調されました。
あわせて、設計思想そのものを問い直すセッションも目立ちました。eラーニング設計者のTim Slade氏は「受講者は新しい知識を覚える必要はない。職場で求められる行動から逆算して設計すべきだ」と指摘します。また、シンガポールのTTSH病院は、社員自身が学習コンテンツをつくる「ソーシャルラーニング」へ転換し、20カ月で研修申込を2,140件から7,778件(263%増)、公開モジュールを23から304(1,222%増)へと拡大しました。テクノロジーは「届け方」を変えるだけでなく、学びの担い手そのものを広げているのです。
Facebookの数字設計やTTSHのソーシャルラーニングなど、本記事で紹介した企業事例は、報告会レポートにスライドとともに詳しくまとめています。実際の設計を確認したい方は、無料レポートをご覧ください。
トレンド3:やっと研修効果が注目されている
ATD ICE 2021では、カークパトリックモデルやジャック・フィリップスのROIモデルといった研修効果測定の手法が、改めてセッションに登場しました。効果測定自体は何十年も前からある概念ですが、2021年に再注目された背景には3つの理由があります。第一に、一方通行のリモート研修が増えて研修効果の低下がデータで示されたこと。第二に、アナリティクスの進化で以前より簡単かつ詳細に測定できるようになったこと。第三に、シリーズ研修では研修期間中から測定を始めることで、受講者への早期フォローが可能になることです。
ここで多くの担当者がつまずくのが、「効果測定はすべての研修で、すべてのレベルまでやるべきなのか」という疑問です。フィリップス氏はこれに明確な目安を示しました。効果測定には0〜5の6段階があり、深いレベルほど、実施を推奨される研修の割合は下がっていきます。
研修効果測定|どのレベルを何割の研修で測るべきか(Phillips推奨)
評価が深いレベルほど推奨実施率は下がる。すべての研修を費用対効果まで測る必要はない。
読み方:満足度や習得(L0〜L2)はほぼ全件でよいが、費用対効果(L5)まで測るのは重要プログラムの5〜10%で十分。フィリップス氏はL5を「The ultimate evaluation(究極の評価)」と位置づけています。
この目安が読者である育成担当者に効くのは、「効果測定は全研修で完璧にやるもの」という思い込みを外せるからです。限られた工数を、どのレベルにどれだけ割くかを設計でき、まずは成果の出ているプログラムから着手するという現実的な一歩を踏み出せます。
では、最上位の費用対効果(ROI)は実際どう算出されるのか。報告会では、パティ・フィリップス氏が紹介したNations Hotel(15カ国で300軒を展開するホテルグループ)のコーチング事例が共有されました。22人分の効果を集計した結果、効果は約2億円、研修費用は約6,500万円で、差し引き1億3,500万円。費用対効果(ROI)は208%と算出されています。
ただし、ここでアイディア社の視点が際立ちます。この計算は、各効果を金額に換算する際に「影響度を感覚で見積もり、それに対する自信の度合い(%)を掛ける」という手法を含んでいます。代表のジェイソン・ダーキーは、この換算プロセスに「このあたりがかなり怪しい」とコメントし、算出されたROIそのものにも「So what?(だから何なのか)」と率直な疑問を残しています。華やかな数字を鵜呑みにせず、その前提と意味を問う——効果測定を扱ううえで欠かせない姿勢です。
そして効果測定と並んで核心とされたのが、効果を生む研修設計の要、「定着フォロー(ラーニングトランスファー)」です。報告会では、定着フォローが難しいことをまず正直に認めること、研修と同時に設計すること、そして研修後に受講者が直面する問題はパターン化できるため設計はそれほど難しくないこと——という3点が強調されました。次の章では、この定着フォローを「どう設計するか」を、アイディア社が世界の舞台で示した具体的なテンプレートとともに見ていきます。
「自社の研修効果をどのレベルまで測るべきか」「ROIの出し方や定着設計に悩んでいる」——そうした課題は、研修設計の専門家にご相談ください。現状に合わせた測定・定着の設計をご提案します。
研修を成果に変える「定着フォロー」3つの設計パターン
3つのトレンドに共通して流れていたのが、「学びを行動に変える」という視点でした。その鍵を握るのが定着フォロー(ラーニングトランスファー)です。ATD ICE 2021では、アイディア社代表のジェイソン・ダーキーが、Next PracticesのIan Townley氏とともに、定着フォローの具体的な設計テンプレートを発表しました。ポイントは、研修後に受講者が直面する問題は研修のタイプごとにパターン化できる、ということです。だからこそ、フォロー設計はそれほど難しくありません。
知識系の研修
課題:研修内容を忘れる/いつ・どう使うかが分からない
ヒント:定期的にリマインダーを送る。研修前に職場ニーズを把握し、研修中に合わせた例を示す。研修中にアクションプランを作成し、研修後に他者の成功事例を共有する。
スキル系の研修
課題:使えるほどの能力がない/使う機会がない/個別の状況に合わせられない
ヒント:研修後に何度も反復演習する。上司を巻き込んで使う機会をつくる。チェックシートを用意し、周囲からフィードバックをもらう。
マインド系の研修
課題:失敗を恐れる(課題は1つだが、最も重い)
ヒント:プチ成功体験をさせる → 綿密な計画をつくる → 職場で使える支援をする → コーチングでフォローする → 研修シリーズでサイクルを回す。
この図が読者である育成担当者に効くのは、定着フォローが「気合い」や「個人の努力」ではなく、研修タイプごとに課題が決まり、打ち手もパターン化できると分かるからです。自社の研修がどのタイプかを見極めれば、フォロー設計の出発点が見つかります。特にマインド系は課題こそ「失敗を恐れる」の1つだけですが、最も根深く、小さな成功体験から計画・支援・コーチングへと段階的に積み上げる設計が求められます。なお、この3パターンのテンプレートは報告会レポートに収録しています。
このフレームは、アイディア社の代表が世界最高峰の舞台で示したものです。そして後述するように、定着フォローを丁寧に設計できれば、日本の人材育成は世界トップクラスの成果を出せるポテンシャルを持っています。
日本の人材育成へのインプリケーション
ATD ICE 2021の3つのトレンドを「日本ではどうか」という視点で見ると、特有の課題と強みが浮かび上がります。まずは、グローバルの動向と日本の現状を並べて整理してみましょう。
マインド系テーマについては、日本では対面コミュニケーションや空気を読む文化(ハイコンテクスト文化)が根強いため、物理的距離のある環境でのコミュニケーションに対する不安が他国より高い傾向があります。言葉にしなくても伝わることを前提とした文化では、意識的なアサーティブコミュニケーションの練習が特に重要です。
eラーニングについては、日本は世界標準と比較して大きなギャップがあると言わざるを得ません。従来型の教育テレビのような一方的なeラーニングから脱却し、ユーザー目線で設計された魅力的なコンテンツへの転換が求められています。ただし、遅れているということは、古い仕組みに縛られずゼロから最新の設計思想で入れ直せるということでもあります。
研修効果測定については、「完璧でないとやらない」という完璧主義を手放すことが突破口になります。トレンド3で見たとおり、すべての研修を費用対効果まで測る必要はありません。まず成功事例から始め、「何がうまくいっているか」を中心に調べるサクセスケースメソッドが、日本の文化にも馴染みやすく効果的です。
一方で、日本の受講者は真面目で教育ベースがしっかりしており、定着フォローを適切に設計すれば世界トップクラスの学習成果を出せるポテンシャルを持っています。グローバルトレンドを参考にしながら、日本独自の強みを活かした人材育成を追求することが、これからの担当者に求められる姿勢です。
よくある質問
ATDのような海外の人材育成トレンドは日本企業にどの程度参考になりますか?
テクノロジー活用や研修効果測定の考え方は、そのまま参考になる部分が多くあります。一方、心理的安全性などのマインド系やコミュニケーション系のテーマは、ハイコンテクスト文化という日本特有の背景を踏まえたアレンジが必要です。グローバルトレンドは「情報収集の起点」として活用し、自社・自国の文脈でどう適用するかを考えることが重要です。
VR研修は日本企業でも実現可能ですか?
実現可能ですが、導入目的の見極めが鍵です。ATD ICE 2021では、VRの本当の価値は「現実に近い体験そのもの」ではなく、「安全な環境で何度も疑似体験できること」と「デジタル上のデータ収集による個別フィードバック」にあると指摘されました。繰り返し練習が必要なスキルや、行動データを取りたい場面など、この2点が活きる用途から小さく始めるのが現実的です。
研修効果測定は全ての研修プログラムに実施すべきですか?
すべての研修を同じ深さで測る必要はありません。フィリップス氏の目安では、満足度や習得(レベル0〜2)はほぼ全件で測ってよい一方、費用対効果(レベル5)まで測るのは重要プログラムの5〜10%で十分とされています。まずは成果が出ているプログラムから着手し、徐々に対象を広げるのが現実的です。
グローバルトレンドを自社の人材育成に活かすために
ATDで示された最新トレンドを、日本企業の文脈に合わせてどう取り入れるか。アイディア・デベロップメント社は、心理的安全性やグローバル人材育成、定着フォロー設計まで、研修設計の専門家として伴走します。
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