デザインシンキング入門|顧客視点と共感マップで発想を変える

「新しい価値を生み出してほしい」「前例のない課題に向き合ってほしい」——中堅と呼ばれる立場になると、上司や会社からそう期待される場面が増えていきます。ところが、いざ取り組もうとすると「何から手をつければいいのか分からない」と立ち止まってしまう。これは、あなた個人の力不足ではありません。
本記事では、イノベーションの基礎であるデザインシンキングを、「顧客視点」と「共感マップ」という2つの入口から、明日の実務で試せるレベルまで分解して解説します。難しい理論は使いません。まずは、多くの人が同じ場所で足踏みしているという事実から見ていきましょう。
イノベーションの「リアル」——必要なのに、できる人はごく一部
アイディア社では、イノベーション研修を受ける2万人以上の受講者に、受講前の意識を尋ねてきました。そこから見えてきたのは、「必要性は強く感じているのに、できる人・学んだ人はごくわずか」という、はっきりとしたギャップです。
必要だと感じる
高めたい
得意だと思う
ある
必要だと感じる人、高めたいと考える人は、ほぼ全員です。一方で、自分は得意だと思える人は5人に1人、体系的に学んだ経験がある人は10人に1人しかいません。つまり、ほとんどの人が「やる気も必要性もあるのに、やり方を教わっていない」という状態に置かれているのです。冒頭で感じた「何から手をつければいいのか分からない」という戸惑いは、むしろ自然な反応だと言えます。
裏を返せば、足りないのは才能やセンスではなく「型」です。デザインシンキングは、その型を誰もが手順として使えるように整理した考え方にほかなりません。次の章では、その全体像となる5つのステップを確認していきます。
デザインシンキングとは——「正解のない問い」に向き合う5ステップ
デザインシンキング(デザイン思考)とは、前例のない課題を解決するための考え方です。最初から正解を探すのではなく、「使う人・困っている人の視点」から出発し、小さく試しながら答えに近づいていきます。その進め方は、次の5つのステップに整理できます。
デザインシンキングの5ステップ
顧客の立場に立って観察し、何に困っているのかをつかむ
集めた事実から「本当に解くべき問題」を一文で言い表す
平凡な案で止めず、複数の解決案を広げて出す
完璧を目指さず、素早く簡単な形にして見えるようにする
実際の相手に当てて反応を確かめ、必要なら前のステップに戻る
それぞれのステップには、つまずきやすい落とし穴があります。共感では「きっとこうだろう」という思い込みで決めつけてしまうこと、定義では問題を狭く切り取りすぎること、アイデアでは平凡な案で止めてしまうこと、試作では完璧を目指して時間をかけすぎること、実験では身内だけで完結させて実際の相手に当てないこと。これらを意識するだけでも、進め方の質は変わります。
そして大切なのは、この5つは一方通行ではないという点です。試作して反応がいまひとつなら共感に戻り、定義が狭すぎたと気づけば問題を立て直す。行きつ戻りつしながら磨いていくのが、デザインシンキングの本来の姿です。「発想を変える」とは、左脳でロジカルに状況を分析することと、右脳で新鮮な発想を広げることを、何度も往復させることだと言い換えてもよいでしょう。
5つのステップに共通する出発点は、すべて「共感」、つまり顧客や相手の視点です。ここを飛ばすと、その後のアイデアも試作も的を外してしまいます。次の章では、なぜ多くの取り組みが「顧客視点」を飛ばして失敗するのかを見ていきます。
なぜ「顧客視点」から始めるのか——失敗は"いきなり解決策"
新しいアイデアを求められると、私たちはつい「どう解決するか」から考え始めてしまいます。ところが、取り組みが空回りする原因の多くは、能力ではなく「順番」にあります。良い案を出そうと焦るほど、相手を理解しないまま解決策に飛びついてしまうのです。
研修や施策がうまくいかない典型的な原因は、3つに整理できます。相手や現場へのヒアリングが足りないこと、本当のニーズを取り違えていること、そして一度きりの打ち上げで終わらせてしまうこと。これらはすべて「顧客視点を飛ばした」結果です。デザインシンキングは、その逆——まず相手を理解することから始める進め方を教えてくれます。
表の右側に共通するのは、最初の時間を「理解」に使っている点です。一見遠回りに見えますが、ここを丁寧にやるほど後のアイデアが的を射て、やり直しが減ります。では、その「顧客視点」は具体的にどうやってつかめばよいのでしょうか。次の章では、現場で使える5つの方法に分解していきます。
顧客視点をつかむ5つの方法——NEEDS(ニーズ把握)
「顧客視点を持とう」と言われても、具体的に何をすればよいのか漠然としがちです。アイディア社のイノベーション研修では、この出発点を「NEEDS(ニーズ把握)」として、現場で使える5つの方法に分解しています。広く当たりをつけてから、深く掘っていく——その順番が基本です。
マクロでつかむ(広く)
業界や社会の動きから情報を集め、フレームに整理する。「どこに機会がありそうか」の当たりをつける段階です。
ミクロでつかむ(深く)
少人数や特定の現場に絞り込み、深いニーズを引き出す。マクロでは見えない「本音」に近づきます。
インタビューする
相手に直接聞く。コツは「何が欲しいか」ではなく「何に困っているか」を尋ねること。答えそのものより、その背景に手がかりがあります。
観察する
聞くだけでなく、実際の行動を見る。本人も気づいていない不便やムダなど、言葉にならない事実が見えてきます。
仕事を共有する(WOL)
自分の検討過程をオープンにし、周囲から気づきやフィードバックをもらう。一人では届かない視点が集まります。
この5つは、単独で使うものではなく、組み合わせて精度を上げていきます。マクロで全体像をつかみ、ミクロ・インタビュー・観察で生の声に近づき、WOLで自分の解釈を周囲と擦り合わせる。共通しているのは、いずれも「自分の頭の中」ではなく「相手のいる現場」に答えを探しに行くという姿勢です。
顧客視点のつかみ方を、自社の実際の課題を使って体系的に身につけたい方へ。中堅・実務層向けの実践型イノベーション研修では、ニーズ把握からアイデア、実行までを一気通貫で扱います。
そして、観察やインタビューで集めた断片を1枚にまとめ、顧客の姿を浮かび上がらせる道具が「共感マップ」です。次の章で、その書き方を具体的に見ていきます。
共感マップの書き方——顧客の「言葉にならない本音」を1枚に
観察やインタビューで集めた断片は、そのままでは活かしにくいものです。これを1枚の紙に整理し、顧客の頭の中・心の中を見える化する道具が「共感マップ」です。次の6つの問いに答えていくだけで、相手の「言葉にならない本音」が少しずつ立ち上がってきます。
考え|「頭の中で何を考えている?」
仕事や課題について、普段どんなことを思い巡らせているか。
行動|「実際にどう動いている?」
日々の業務で取っている行動や習慣。理想ではなく、現実の動き方。
見聞き|「何を見て、聞いている?」
情報源や、周囲から受けている影響。判断のもとになっているもの。
気持ち|「どんな感情を抱いている?」
不安・期待・焦りなど、表に出にくい心の動き。
悩み・課題|「何に困っている?」
解決したい痛みや、行く手をはばんでいる障害。
動機|「何を目指している?」
本当に達成したいこと、得たい結果。行動の奥にある目的。
6つを埋めていくと、バラバラだった事実が1人の人物像として像を結びます。とくに効くのが「気持ち」と「悩み・課題」です。ここに、本人すら言葉にしていない不満や願いが現れ、それが新しいアイデアの種になります。書くときのコツは、1人の具体的な顧客を思い浮かべること。「みんな」を相手にすると、像がぼやけてしまいます。
たとえば、ある営業担当者を顧客に見立てて書いてみると、「新しい提案を、わずかな訪問時間にどう盛り込めばいいのか分からない」といった、表向きの要望には出てこない本音が浮かび上がってきます。こうした一文が見つかれば、共感マップは十分に役割を果たしています。顧客像がつかめたら、いよいよ「発想を変える」段階です。次の章では、同じ課題を違う角度から見るための技法を紹介します。
発想を変える——同じ課題を「違う角度」から見る技法
共感マップで顧客の課題が見えてきたら、次は解決のアイデアを出す段階です。ここでよくぶつかる壁が、「いつも同じような案しか浮かばない」という悩みです。発想がワンパターンになるのは、能力の問題ではなく、頭の使い方が1通りに固まっているからです。発想法は、その視点を意図的にずらすための道具だと考えてください。入門としては、まず次の2つを覚えておけば十分です。
1つ目は「逆転の発想」です。問題を正面から直そうとするのをやめ、先に「理想の状態」を思い描いてから、そこへ近づく道筋を逆算します。たとえば「会議が長い」を削ろうとするより、「最高の会議とはどんなものか」を具体的に描き、今との差を埋めにいく。出発点を変えるだけで、出てくる案がまるで違ってきます。
2つ目は「欠点列挙法」です。対象の欠点や不満を遠慮なく全部書き出し、その一つひとつを「では、どうすれば解消できるか」という問いに変換していきます。共感マップに書き出した「悩み・課題」が、そのまま材料になります。マイナスをプラスに裏返す作業なので、特別な発想力がなくても手を動かせるのが利点です。
このほかにも、テーマから一度離れて連想を広げる「NM法」、無関係なものと無理やり結びつける「強制連想法」など、アイディア社では8つの発想法を体系として整理しています。どれにも共通するのは、「最初に浮かんだ案を正解にしない」という姿勢です。わざと違う角度から複数の案を出し、後からじっくり選ぶ。この発散と選択こそ、デザインシンキングの「アイデア」段階の核心です。
逆転の発想や欠点列挙法を含む8つの発想法を、自社の実際の課題に当てながら身につけたい方へ。実践型イノベーション研修では、ニーズ把握から発想、実行までを一連の流れで体験できます。
アイデアが十分に広がったら、残るは「実行」です。次の章では、最初の一歩を確実に踏み出し、それを続けて成果につなげるためのコツを見ていきます。
入門の第一歩——「2分でできること」から始め、続ける
デザインシンキングの最後の関門は「実行」です。どれだけ優れたアイデアでも、動かなければイノベーションは起きません。とはいえ「大きく始めよう」と意気込むほど、忙しさに押されて挫折しがちです。そこで入門段階では、最初の一歩を思い切り小さく——「2分でできること」まで絞り込むのがコツです。
その一歩がよい第一歩かどうかは、3つの問いで確かめられます。①具体的な行動になっているか(「考える」ではなく動詞で)、②2分以内で終わるか(気楽にすぐ着手できるか)、③それより先にやるべきことはないか(本当に最初の一手か)。この3つを満たす最小の行動から始めれば、つまずきにくくなります。
ただし、一歩を踏み出して終わり、ではありません。イノベーションの成果は、実践の積み重ねで段階的に現れます。アイディア社が研修の期間と実践期間を変えて成果を追ったデータが、それをはっきり示しています。
研修期間と成果の関係
注目したいのは、1日研修に1カ月の実践を足してもモチベーションが高まるだけで行動に移らない人が多く、3日研修に2カ月を足すと行動は始まるものの誇れる成果にはまだ届かない、という点です。具体的なビジネス成果が見えてくるのは、5日研修に4カ月の実践を重ねたとき。つまり、中途半端な投入では意識が高まっても成果には変わりにくい——だからこそ「単発で終わらせず、続ける設計」が決定的に重要になります。
個人であれば、小さな1stアクションを習慣にすること。組織であれば、研修を一度きりにせず、実践期間とふり返りを組み込んだ複数回のシリーズにすること。この「続ける仕組み」が、入門を成果につなげる最後の鍵です。
自社で「続く」イノベーションの仕組みをつくりたい方へ。実践型イノベーション研修は、職場での実践期間とふり返りを組み込み、意識を成果まで運ぶ設計になっています。
よくある質問
デザインシンキングと、ふつうの問題解決は何が違うのですか?
通常の問題解決は、すでにはっきりしている問題を効率よく片づける方法です。一方デザインシンキングは、「そもそも本当に解くべき問題は何か」を顧客視点から見つけるところから始めます。左脳的な分析だけでなく右脳的な発想を組み合わせ、小さく試しながら答えに近づいていく点が、大きな違いです。
共感マップは、何人分つくればよいですか?
まずは1人分で十分です。「みんな」を相手にすると顧客像がぼやけてしまうため、最初は具体的な1人を思い浮かべて書きます。対象となる相手が複数のタイプに分かれる場合は、タイプごとに1枚ずつ作ると、それぞれの違いが見えてきます。
アイデアがいつも平凡になってしまいます。どうすれば?
多くの場合、最初に浮かんだ案をそのまま「正解」にしてしまうのが原因です。逆転の発想(理想から逆算する)や欠点列挙法(不満を裏返す)といった発想法を使い、わざと複数の角度から案を出してから選ぶようにすると、ワンパターンから抜け出しやすくなります。
一人でも始められますか?
始められます。共感マップを1枚書く、2分でできる最初の行動を決める——どれも一人で取り組めます。ただし成果を継続的に出していくには、周囲を巻き込み、実践とふり返りを繰り返す仕組みがあると効果が高まります。
「入門」で終わらせないために
顧客視点でニーズをつかみ、共感マップで顧客像を描き、発想法で案を広げ、小さく実行する。この流れは、自社の実際の課題に当ててこそ力になります。中堅・実務層が現場で成果を出すための実践型イノベーション研修について、お気軽にご相談ください。














