ATD2023 人材育成国際会議レポート|心理的安全性・AI・研修効果測定の最新トレンド

ATD2023 帰国報告会レポート(全72ページ)を無料でダウンロード
心理的安全性、AI・ChatGPT活用、研修効果測定など22事例の最新トレンドと企業事例を、スライド・ビジュアル付きでまとめたフルカラーレポートです。
2023年5月、米国カリフォルニア州サンディエゴで開催されたATD人材育成国際会議(ATD International Conference & Exposition 2023)。世界最大級の人材育成イベントであるATDには、世界各国から人材育成の専門家が集まり、約300のセッションと300以上の展示ブースで最新の知見が共有されました。
IDEA DEVELOPMENT株式会社では、多忙な人材育成担当者様に代わって現地に参加し、最新トレンドと成功事例を持ち帰り、2023年6月21日にオンラインで帰国報告会を開催しました(参加者約350名)。本記事では、報告会で紹介した内容を中心に、ATD2023の注目トピックを「研修プログラム設計」「心理的安全性」「AI活用」「テクノロジー」「研修効果測定」の5つのテーマで解説します。
ATD2023では、パンデミック後の研修設計が「対面 vs オンライン」の二択から、ラーニングジャーニー全体を設計する方向へ進化していることが鮮明になりました。また、2023年はChatGPTが登場した直後のATDとなり、AIを人材育成にどう活用するかが大きな注目を集めました。心理的安全性や研修効果測定といった定番テーマも、データに基づく具体的な実践手法が多く紹介され、すぐに自社で試せるヒントが豊富な年となっています。
ATD2023 帰国報告会の動画
報告会当日の内容を3本の動画でご覧いただけます。レポートPDFとあわせてご活用ください。
Part 1:PROGRAM ― 研修プログラムの設計革新
Part 2:INPUT ― マインド・リーダーシップ・AI
Part 3:OUTPUT・RESULTS ― テクノロジー・研修効果測定
研修プログラムの設計革新 ― ラーニングジャーニーの時代へ
ATD2023のPROGRAMセクションで最も注目を集めたのは、研修を「単発のイベント」ではなく「受講者が歩むジャーニー(旅路)」として設計するアプローチです。パンデミック後、対面とオンラインの使い分けが当たり前になった今、研修設計者に求められているのは「どの形式で実施するか」ではなく「受講者がどのような順序で、何を体験し、どうスキルを定着させるか」というジャーニー全体の設計力です。
このセクションでは、ServiceNow社の大規模プログラム改革事例、コホート型学習の設計ポイント、そしてパーソナライズラーニングの3つの観点から、次世代の研修プログラム設計を解説します。
ServiceNow社の大規模プログラム改革 ― 対面集合研修からラーニングジャーニーへ
ServiceNow社のShellie Grieve氏は、同社のマスターアーキテクト認定講座をゼロベースで再設計した事例を紹介しました。この認定講座は優秀なエンジニアにとって重要な資格取得と昇格に向けた必須研修でしたが、パンデミックをきっかけに抜本的な見直しに着手したのです。
ServiceNow社の事例が示しているのは、研修の「形式」を変えただけでは不十分ということです。大切なのは、受講者のバイオリズムを考慮し、モチベーションが下がるタイミングで対面イベントを挟み、日常的にはオンデマンドとリモートで継続学習を支える「ジャーニー全体の設計」です。自社の研修プログラムが単発イベント型のままであれば、まずは「研修前に何をするか」「研修後に何をするか」から考え直してみることをおすすめします。
コホート型学習 ― オンデマンドでも脱落させない仕組み
Your Instructional DesignerのNicole Papaioannou Lugara氏は、コホート型学習の設計ポイントを紹介しました。コホート型学習とは、数十人の受講者が同じ期間にオンデマンド研修を受講する方式です。個人で学ぶeラーニングとの違いは、同期のメンバーがいることで進捗が良くなり、研修効果も高まる点にあります。
コホート型学習が特に向いているのは、内容が複雑で一人だと脱落しやすいテーマ、職場活動が必要なテーマ、そしてコミュニケーションなどのヒューマンスキルです。Lugara氏は、コホート型学習を成功させるための5つのステップを紹介しました。
コホート型学習を成功させる5ステップ
メンバー分析
共通性の高いメンバーを集めて気づきを促す
演習設計
定例会議、プロジェクト学習、反転学習など明確なミッション
ツール選定
LMS、チャット、SNSなど負担の少ないツール
動機づけ
経営者の巻き込み、ストーリー、研修の利点の強調
勢いの維持
講師がリードし、内容を少しずつ発信、ゲーム化
特に重要なのはSTEP 4とSTEP 5です。コホート型学習はうまく立ち上げても参加意欲が途中で下がりやすいという課題があります。モチベーションを維持するには、経営者からの応援メッセージや興味深いストーリーで火をつけた後、講師がリードしながらコンテンツを少しずつ配信し、受講者をグループ化してゲーム要素を取り入れることが効果的です。自社でeラーニングの修了率が低い場合は、コホート型への切り替えを検討してみてください。
パーソナライズラーニング ― 「全員同じ」から「一人ひとりに合わせる」へ
Vaya GroupのNicole Morris氏は、次世代リーダー育成において「パーソナライズされた学習体験」が不可欠であると提唱しました。受講者にとって理想的な人材育成施策とは、自分のニーズに合っていること、自分で目的と内容を決められること、そして自分の能力と知識レベルに合っていることです。汎用的なプログラムでは受講者の姿勢が受身的になりやすく、成果が限定されます。
パーソナライズラーニングを実現する4つの要素
充実したITプラットフォーム
AIによる個別フィードバック、使いやすいオンデマンド学習、モチベーションが高まるゲーム要素、UXの良いインターフェイス
個別コーチング
講師と1対1で接し、理解を深め、学びを職場実施につなげる。月1回×3回が定番の頻度
受講者同士の交流
簡単な競争、リーダーボード、他の受講者とのチャット的な交流。職場の巻き込みも重要
細かい個別診断と進捗管理
実力とニーズの診断結果に合わせたマイクロラーニング。定期的なパルスサーベイで効果を測定
パーソナライズラーニングは大規模な投資が必要に見えますが、最初の一歩は意外とシンプルです。まず受講者に「今の自分に最も必要な研修テーマは何か」を選ばせ、その結果に応じてマイクロラーニングのコンテンツを出し分けるだけでも、汎用型プログラムとの差は大きくなります。デジタルネイティブ世代が増えている今、「全員同じ内容・同じペース」の研修は見直すタイミングに来ています。
ラーニングジャーニーの設計やブレンデッドラーニングの導入方法について、さらに詳しく知りたい方はこちらもご覧ください。
心理的安全性とマインド ― チームの成果を左右する土台づくり
ATD2023のINPUTセクションで「マインド」をテーマにした複数のセッションが開催されました。なかでも注目度が高かったのは、心理的安全性、EQ(感情知能)、そして信頼関係の3つです。これらは一見ソフトなテーマに見えますが、いずれもデータで裏付けられた「チームの生産性とエンゲージメントを直接左右する要因」です。
人間の脳は危険や不安に対して非常に敏感で、心理的な安全性を感じられない環境では守りに入り、本来の能力を発揮できません。逆に安心できる環境では、脳がフルに機能し、挑戦や成長が促されます。このセクションでは、心理的安全性を構成する4つの要素、EQの高め方、そして信頼関係を科学的に構築する方法を解説します。
C.A.R.E. ― 心理的安全性を実現する4つのポイント
DX Learning SolutionsのPaul Stabile氏は、心理的安全性を「C.A.R.E.」の4つの要素で整理するフレームワークを紹介しました。心理的安全性とは、チーム内で対人的なリスクを取っても安全だという共有された信念のことです。個人間の信頼関係が集団全体に広がったとき、それが心理的安全性になります。
C.A.R.E.フレームワーク ― 心理的安全性の4つの要素
C ― Clarity(明確性)
自分が考えていることを明確に伝える。マネージャーはメンバーが背景知識を持っていると誤解しがちだが、そうでない場合が多く、コミュニケーションの問題が生じる。
実践ヒント:相手の言ったことを頻繁に確認・要約する / 専門用語を説明する習慣をつける / 送信前に文章の伝わりやすさを確認する
A ― Autonomy(自律性)
従業員の自律性を阻む最大の問題はマイクロマネジメント。自分の上司が自分の考えを受け入れてくれると思っている従業員のエンゲージメントは、そうでない従業員の4.6倍。
実践ヒント:指示より質問を増やす / 会話では聞くことを5割以上にする / 完璧主義を捨てて相手に任せる
R ― Relationships(人間関係)
会話ではナルシシストにならないこと。相手が話している間は別のことをせず、好奇心を抱いてしっかり聞くことで信頼関係がつくれ、エンゲージメントとモチベーションが上がる。
実践ヒント:アクティブリスニングを実践する / 相手への好奇心を持って話した内容を記録する / 1回で20秒以上話を続けない
E ― Equity(公平性)
公平性とは全員に同じ対応をすることではない。本当のフェアとは、各従業員が求めているケアを個別に提供すること。入社5年目と12年目のベテランでは必要なサポート量が異なる。
実践ヒント:メンバーのニーズに合わせたヘルプとサポートを行う / 公平なインプットやプロセスよりも公平なアウトプットと成果にこだわる
C.A.R.E.の4要素は独立しているのではなく、互いに関連しています。明確なコミュニケーション(C)が土台にあり、その上で自律性(A)と人間関係(R)が育まれ、最終的に公平性(E)が全体を支える構造です。自社のマネージャー研修にこの4要素を組み込む際は、まず「Clarity」と「Relationships」から着手するのが効果的です。指示の明確さと傾聴力は、最もすぐに改善が見えやすい領域だからです。
EQを高める3ステップ育成法
Oji Life LabのAndrea Hoban氏は、EQ(感情知能)を高めるための実践的なアプローチを紹介しました。EQとは、自分と相手の感情を的確に把握し、その原因と影響を理解し、効果的に伝え、必要に応じてコントロールする一連のスキルです。EQを高めるためには「Recognize(認知)」と「Regulate(コントロール)」の2つの軸があります。
Hoban氏が強調したのは、EQ向上こそ対面集合研修が必要だと思われがちだが、実は段階を踏んだブレンド型が最も効果的だという点です。
EQを高める3ステップ ― マイクロラーニングから始める段階的アプローチ
マイクロラーニング
短い動画で感情を特定し、相手の気持ちを正しく把握する練習を反復する。すき間時間の活用が効果的
自己学習
感情の把握に加え、EQのノウハウとテクニックをeラーニングで体系的に学習する
集合研修
最終的に人間と関わるスキルなので、他の受講者や講師とロールプレイと演習でスキルを定着させる
この3ステップのポイントは、いきなり対面研修に入るのではなく、まずマイクロラーニングで感情認知の「筋トレ」を行うことです。マーク・ブラケット博士が開発した「ムードメーター」は、テンション(エネルギーレベル)と快適さの2軸で感情を細かくマッピングするツールで、自分と相手の感情を正確に把握するトレーニングに役立ちます。EQ研修を企画する際は、対面セッションの前にマイクロラーニングで2〜4週間のウォームアップ期間を設けることを検討してみてください。
信頼関係のメカニズム ― 研修で高められるスーパーパワー
Zenger FolkmanのJoe Folkman氏は、30年以上にわたる360度評価データの分析から、リーダーシップで最も成功につながる要素は「信頼関係」であると結論づけました。信頼関係の高い組織は低い組織と比較して、燃え尽き症候群が40%少なく、風通しが66%良く、経営方針の実現に向けて70%多くの従業員が働いているというデータが示されています。
上司との面談が信頼関係に与えるインパクト
マネージャーの自己評価 vs メンバーの信頼性評価(Zenger Folkman調査)
多くのマネージャーはチームとの信頼関係を過大評価している。マネージャーの自己評価よりメンバーの信頼性評価は平均45%低い。まずはこのギャップを認識することが改善の第一歩。
Folkman氏によると、信頼関係を構築するためには3つのポイントが重要です。第一に「人間関係の構築」で、幅広くいろいろな人と良い人間関係をつくること。第二に「的確な判断能力」で、変化が速く情報が不十分な状態でも冷静に適切な判断をすること。第三に「一貫性のある行動」で、場当たり的に行動を変えず、自分のポリシーを持って行動すること。このうち最も影響が大きいのは「人間関係の構築」で、特にマネージャーのリスニングスキルとメンバーとの人間関係が直接相関しているというデータが示されました。
さらに心強いデータとして、信頼関係が低め(平均31%)の919人のマネージャーに対して育成施策を実施したところ、研修後には信頼関係の評価が67%まで上がったという結果が紹介されました。つまり信頼関係は生まれつきの資質ではなく、研修で高められるスキルなのです。管理職研修のテーマ選定で迷ったら、信頼関係の構築(特にリスニングスキル)を最優先候補に入れることをおすすめします。
心理的安全性や信頼関係の構築は、管理職研修の中核テーマです。自社の管理職研修を見直したい方はこちらもご覧ください。
AI・ChatGPTの人材育成活用 ― 2023年の転換点
ATD2023は、ChatGPTが登場して間もない時期に開催された国際会議でした。AI関連のセッションは例年以上に注目を集め、会場全体が「AIを人材育成にどう活用するか」という熱気に包まれていました。ここでは、ChatGPTの基本的な活用法、プロンプトの書き方、そしてAIビデオの3つの観点から、2023年時点で実践可能だったAI活用のヒントを紹介します。
ChatGPTでできること ― 人材育成担当者の6つの活用場面
Oxford Company ConsultantsのJeffrey Hansler氏は、ChatGPTの人材育成における具体的な活用場面を整理しました。Hansler氏はAIに対する過度な期待や恐怖を排し、「ChatGPTはプロンプト(指示)に対応するツールであり、得られるものは自分のプロンプトを書く能力とセンスによる」と冷静に位置づけた上で、以下の活用場面を紹介しました。
人材育成担当者がChatGPTを活用できる3段階
段階が上がるほど業務効率化のインパクトが大きくなる
情報収集・リサーチの効率化
すぐ始められる法律や規則の確認、業界トレンドの調査、研修テーマの下調べなど、これまでウェブ検索に時間をかけていた作業をChatGPTに任せる。ただし情報の正確性は必ず人間が確認する。
活用例:「カリフォルニア労働法に基づいて、非協力的な従業員に対する適切な対応を教えてください」「リーダーシップ研修の最新トレンドを5つ教えてください」
学習支援コンテンツの作成
効果が大きい研修資料のドラフト作成、ケーススタディの原案、クイズ問題の生成、研修内容の要約スライド作成など、コンテンツ制作の初稿をAIに任せて人間がブラッシュアップする。
活用例:「提案内容を見やすいパワーポイントスライドにまとめてください」「この研修テーマで5問のクイズを作成してください」
映像教材・ビジュアルの制作
発展的活用AIビデオツールを使ったeラーニング映像の制作、AIイメージ生成による研修素材の作成。従来は外注していた映像制作を社内で完結でき、コストと時間を大幅に削減できる。
活用例:AIアバターによるeラーニング動画の作成 / 多言語ローカリゼーション / AIイメージ生成による研修用イラスト
3つの段階で共通して重要なのは「プロンプトの質がアウトプットの質を決める」という点です。漠然とした指示ではなく、対象者・成果物イメージ・トーン・キーワードを具体的に指定することで、実用的なアウトプットが得られます。AIの活用は「段階1の情報収集」から始め、成果が出たら「段階2のコンテンツ作成」に広げていくのが現実的なステップです。
効果的なプロンプトの書き方 ― AIの力を引き出す9つの要素
VyondのGary Lipkowitz氏は、AIを使ってコンテンツを作成する際のプロンプトの書き方を具体的に紹介しました。プロンプトは「簡単なプログラミング」と考えるとよく、かなり具体的な指示を出さないと求めているアウトプットにつながりません。Lipkowitz氏が推奨するプロンプトに含めるべき9つの要素は以下のとおりです。
Lipkowitz氏はまた、AIが不向きなコンテンツについても言及しました。インフォグラフィック、グラフ、表などはデータの信頼性が低く、正確に読み取れないビジュアルができあがるケースが多いため、現時点では人間が作成するほうが効率的です。AIは万能ではなく、得意分野(テキスト生成、アイデア出し、翻訳)に絞って活用するのがポイントです。
AIビデオ ― 映像制作のコストと時間を劇的に削減
ColossyanのDominik Mate Kovacs氏は、AI生成ビデオが人材育成の映像教材制作をどう変えるかを紹介しました。従来のeラーニングと映像教材制作は、コストと時間がかかる割に一方通行になりがちで、柔軟に内容を更新できないという課題がありました。AIビデオツールを使うと、制作時間が大幅に短縮されるうえ、内容の更新も容易です。
特に便利な機能はローカリゼーションです。受講者にふさわしい背景、ビジュアル、アバター、言語を数分以内に変えられるため、グローバル企業が複数言語の研修教材を展開する際に大きな力を発揮します。AIビデオが特に役立つ場面としては、eラーニング教材、入社オリエンテーション、頻繁に更新が必要なコンプライアンス研修、そして旬のトピックに関する短い情報共有が挙げられます。
2023年はAI活用の「第一歩」をどう踏み出すかがテーマでした。まずは日常業務の情報収集やコンテンツの下書きからAIを取り入れ、小さな成功体験を積み重ねていくことが、組織的なAI活用への近道です。
研修効果を高めるテクノロジー ― VR・シミュレーション・AIコーチング・ナッジ
ATD2023のOUTPUTセクションでは、研修で学んだ内容を「職場で実践し、定着させる」ためのテクノロジー活用が数多く紹介されました。共通するメッセージは、どんなに優れた研修でも「やりっぱなし」では成果が出ないということ。研修後のアウトプットをテクノロジーで支援し、行動変容につなげる仕組みが必要だという認識が、ATD2023では広く共有されていました。
ここでは、VR研修、シミュレーション研修、AIコーチング(チャットボット)、ナッジの4つのテクノロジーについて、従来型のアプローチとの違いと具体的な活用ポイントを紹介します。
4つのテクノロジーに共通するのは、研修を「一方通行のインプット」から「双方向のアウトプット」に変えるという発想です。以下、それぞれの具体的な活用ポイントを解説します。
VR研修 ― アクセンチュアの6万台導入から学ぶ成功ポイント
アクセンチュアのMarek Hyla氏とAleksandra Gomula氏は、同社が6万台のVRヘッドセットを導入し、研修・会議・イベントで本格活用している事例を紹介しました。VR研修は従来、危険(Dangerous)、高額(Expensive)、再現不可能(Impossible)、失敗リスクが高い(Risky)場面で使われてきましたが、実はヒューマンスキル研修にも非常に効果的であることが分かっています。特に他者の視点から考えるDEI研修では、VRならではの没入感が共感を深める効果があります。
Hyla氏がVR研修の成功の鍵として最も強調したのは「ストーリー設計」です。物語の構造を使うことで、受講者は当事者感覚になり集中力が非常に高まります。VRのストーリー構成には4つのパターンがあり、最も効果的なのは「ハイパーストーリー」と呼ばれる形式です。受講者のレベルに合わせた複数の入口と出口を持ち、既知の内容をスキップでき、反復練習のサイクルが組み込まれ、細かい個別フィードバックが豊富に得られる設計です。
VR研修の導入を検討する際に大切なのは、「伝統的な対面研修をVRで再現しようとしない」ことです。現場に近いシミュレーションや、現実以上のチャレンジをVRで実現し、単発ではなく他の研修施策と組み合わせたブレンド型で設計するのが理想的です。
シミュレーション研修 ― 半日で判断力と行動力を鍛える
Insight ExperienceのKaren Maxwell Powell氏は、ビジネスシミュレーション研修の設計と実施ノウハウを紹介しました。シミュレーション研修の強みは、座学の解説中心研修と比較して、受講者のインパクト・集中力・実践的な体験・ネットワーキング・個別フィードバックのすべてにおいて優れている点です。
シミュレーション研修は特に、新しい方針やプロジェクトの立ち上げ時、経営者を巻き込む必要がある場面、そして研修とビジネスのつながりを明確にしたい場合に効果を発揮します。対象者はシニア層から全従業員まで幅広く、3〜4時間の半日イベントとして設計するのが最適とされています。
Powell氏が当日の成功ポイントとして挙げたのは、1サイクルを30分以内に収めること、解説と演習指示を5分以内にまとめること、同じ部屋で全チームが同時に取り組むこと、そして経営者をチームの一員として参加させることです。最も重要なのはフィードバックの仕組みで、評価基準を明確化し、多くの人から複数回の評価を得て、当日中に共有する設計が求められます。
AIチャットボットコーチング ― 心理的安全性の高い定着フォロー
Lever-Transfer of LearningのEmma Weber氏は、AIチャットボットを使った研修後の定着フォロー手法を紹介しました。チャットボットコーチングは、従来のプロコーチによる個別コーチングを自動化したもので、携帯電話のSNSやチームチャット上で受講者と対話形式のフォローを行います。
チャットボットコーチングの利点は3つあります。第一に、メールやアンケートよりインタラクティブな対話形式のほうが受講者の受けが良いこと。第二に、研修主催者側ではなく受講者にとって役立つ設計になっており、監視されている感覚がないこと。第三に、AIだから評価されない・文句を言われない・説教されないため、心理的安全性が非常に高いことです。
具体的な運用としては、研修後の8〜12週間に月1回のペース(計3回程度)でチャットボットとの対話を行います。内容は研修内容の振り返り、職場実施の進捗確認、次のステップの決定というシンプルな構成です。チャットボットのデータを分析することで、どの研修内容が職場で実際に役立ったか、受講者がどのような場面で研修を活用したかが定量的に把握できるため、研修効果測定にも直結します。
ナッジ ― 小さなきっかけで行動を起こす
Amway CorporationのTina l. Dooley氏は、ナッジ理論を研修後の職場実施に応用する方法を紹介しました。ナッジとは、選択肢を制限せずに人の行動を予測可能な方向に変える環境設計のことです。小売の商品配置やウェブサイトのUI設計では昔から活用されていますが、人材育成における最も有効な使い方は「研修後の職場実施を促すリマインダー」です。
ナッジの目的は「意識」ではなく「行動」です。意識すると逆に行動を起こす確率が下がるケースに特にナッジが有効で、小さくて負担のない行動の積み重ねで習慣化を促します。Dooley氏は、効果的なナッジ型リマインダーの書き方として4つの要素を紹介しました。まず親近感のある挨拶で始め、「If…then…」の表現で達成事項と次のステップを伝え、具体的な締切を提示し、最後にすぐ使えるヒントやリソースを添えるという構成です。
研修後のフォローメールを送っているものの反応が薄いと感じている場合は、一方通行の長文メールをやめて、ナッジの4要素に基づいた短いメッセージに切り替えてみてください。ポイントは「読ませる」のではなく「1つの行動を起こさせる」ことです。
研修効果測定の実践 ― 「測るだけ」から「予測して高める」へ
ATD2023のRESULTSセクションでは、研修効果測定の最前線が紹介されました。従来の研修効果測定は「研修が終わった後に満足度を聞く」という受身的なアプローチが中心でしたが、ATD2023で語られたのは、研修の途中段階で効果を予測し、軌道修正しながら成果を最大化するプロアクティブな手法です。
ここでは、Emerson社が6Dsモデルで研修効果を飛躍的に高めた事例、フィリップスの5段階モデルによるROI算出、そしてエミレーツ航空の予測型効果測定の3つを紹介します。
Emerson社の6Ds事例 ― 研修を「イベント」から「プロセス」に変える
Emerson ElectricのTerrence Donahue氏は、同社のリーダーシップ研修プログラム「Leading at Emerson」を6Dsモデルで全面的に再設計し、国際的な賞を受賞した事例を紹介しました。Emerson社は従業員9万人、67の事業体を持つグローバル企業で、リーダーの80%以上を社内育成しているため、リーダー育成プログラムの成果は経営に直結する最重要課題です。
Emerson社の事例で特に注目すべきは、D3(研修実施)における徹底した実践重視の設計です。受講者は講師より多くのエネルギーを使い、研修の2/3は演習とフィードバックに充てられます。教科書を廃止して教材を職場で使うマニュアルに変更し、資料の85%を命令形で記述することで「行動に移しやすい」設計にしています。さらにD4では、研修修了直後にCFO自らが「学んだことを職場で使わないとダメだ」というメッセージ動画を配信し、受講者に強い期待を伝えています。
6Dsモデルを自社に導入する際は、まずD1(ビジネス成果の定義)とD4(定着フォローの仕組み化)から着手するのがおすすめです。研修内容の改善(D3)は多くの企業が取り組んでいますが、「研修前に何を準備するか」「研修後にどうフォローするか」が手薄なケースがほとんどだからです。
フィリップスの5段階モデル ― ROI 310%を実現した効果測定フレームワーク
ROI InstituteのJack & Patti Phillips夫妻は、研修効果測定の世界標準であるフィリップスの5段階モデルを使った具体的なROI算出事例を紹介しました。このモデルは、研修の効果を「実施→反応→習得→活用→成果→費用対効果」の6段階(レベル0〜5)で測定するフレームワークです。
フィリップスの5段階モデル ― 多くの企業がレベル1〜2で止まっている
段階が上がるほどビジネスへの貢献度が明確になるが、実施している企業の割合は減少する
解決策:レベル1〜2は研修中に完了させ、リソースをレベル3〜5に振り向ける。レベル3(行動変容)は研修後の上司面談とヒアリングで測定でき、追加コストはほぼゼロ。
Phillips夫妻が紹介した事例では、研修費用$210,000に対して効果$861,840、ROI 310%という結果が示されました。効果の算出方法で特徴的なのは、受講者に「その成果についてどのくらい自信がありますか?」とパーセントで聞き、自信の割合を金額に掛けて控えめに計算する点です。さらに「得られた成果の何%が研修から直接来ていますか?」と聞いて外部要因を分離するため、経営者にとって納得感の高い数字が出せます。
Learning UncutのMichelle Ockers氏は、効果測定をビジネスKPIから逆算して設計するアプローチも紹介しました。「貢献したいビジネス目標は何か」→「目標達成のKPIは何か」→「KPIに影響する育成施策の指標は何か」の順番で考えることで、経営者と職場が納得する効果測定が実現します。
予測型効果測定 ― 研修途中で軌道修正する新しいアプローチ
Emirates AirlineのLouise Cosgrove氏は、「ハイインパクト研修効果測定」と呼ばれる予測型のアプローチを紹介しました。従来の効果測定が「研修後に過去を振り返る」受身的な手法であるのに対し、このアプローチは研修の途中段階で効果を予測し、必要に応じて軌道修正することで成果を最大化します。
具体的には、研修の1/3が終わった時点で全受講者にアンケートを実施します。質問項目は、研修内容の習得度、理解に対する自信、職場で活かせる課題、自分のモチベーション、実行計画、研修の役立ち度の6つです。結果を緑(良好)・黄(要注意)・赤(要対策)の3段階で評価し、赤が目立つ場合は即座に軌道修正を行います。
Cosgrove氏が紹介した事例では、このアプローチで途中診断を行った研修の費用対効果は427%(大成功)、一方で途中診断をしなかった研修は-100%(大失敗)という対照的な結果が示されました。よくある軌道修正の打ち手としては、研修形態・タイミング・内容をニーズに合わせて調整すること、受講者が職場で研修内容を使えるよう具体的なアドバイスと演習を追加すること、そして定着フォローを強化することが挙げられます。
研修効果測定に取り組みたいが何から始めればよいか分からないという場合は、まず「研修の1/3が終わった時点での中間アンケート」を導入してみてください。満足度だけでなく「職場で活かせそうか」「自信はあるか」を聞くことで、研修の残りの部分を改善するための具体的な手がかりが得られます。
研修効果測定のモデル選びや導入ステップについて、さらに詳しく知りたい方はこちらもご覧ください。
参加者の声
ATD2023帰国報告会にご参加いただいた皆様から、アンケートでお寄せいただいた感想をご紹介します(掲載許可をいただいた方のみ)。
よくある質問(Q&A)
Q1. ATD2023の主要キーワードは何ですか?
ATD2023で特に注目度が高かったキーワードは「心理的安全性」「AI・ChatGPT活用」「研修効果測定」の3つです。研修プログラム設計の分野では「ラーニングジャーニー」「コホート型学習」「パーソナライズラーニング」がトレンドとして語られ、テクノロジー分野では「VR研修」「AIコーチング」「ナッジ」が注目を集めました。全体を通じて、研修を「単発イベント」から「継続的なプロセス」に変えるという方向性が鮮明になった年です。
Q2. 心理的安全性を高めるために研修でできることは何ですか?
ATD2023で紹介されたC.A.R.E.フレームワークによると、心理的安全性は「Clarity(明確性)」「Autonomy(自律性)」「Relationships(人間関係)」「Equity(公平性)」の4つの要素で構成されます。研修で最も着手しやすいのは「Clarity」と「Relationships」です。具体的には、マネージャーに対して「指示の明確な伝え方」と「アクティブリスニング」を実践的に学ぶ研修を実施することで、チーム内の心理的安全性を短期間で改善できます。
Q3. AIやChatGPTを研修にどう活用できますか?
ATD2023では、AIの人材育成活用を「情報収集・リサーチの効率化」「学習支援コンテンツの作成」「映像教材・ビジュアルの制作」の3段階で整理する考え方が紹介されました。最初の一歩としては、研修テーマの下調べや研修資料のドラフト作成にChatGPTを活用するのが現実的です。効果的なプロンプトの書き方として、「聴衆」「学習目標」「トーン」「分量」の4つを必ず指定することが推奨されています。
Q4. 研修効果測定はどのモデルを使えばよいですか?
ATD2023では、フィリップスの5段階モデル(レベル0〜5)と6Dsモデルが代表的なフレームワークとして紹介されました。多くの企業がレベル1(満足度アンケート)で止まっていますが、ビジネス成果につなげるにはレベル3(行動変容)以上の測定が必要です。まず取り組みやすいのは、研修の1/3が終わった時点で「職場で活かせそうか」「自信はあるか」を聞く中間アンケートの導入です。これにより、研修の残り部分を改善するための具体的な手がかりが得られます。
Q5. ATD報告会のレポートはどこで入手できますか?
ATD2023帰国報告会のフルカラーレポート(全72ページ)は、IDEA DEVELOPMENT株式会社のウェブサイトから無料でダウンロードできます。心理的安全性、AI・ChatGPT活用、研修効果測定など22事例の最新トレンドと企業事例が、スライドとビジュアル付きでまとめられています。以下のリンクからお申し込みください。
ATD2023の詳細レポートを無料でダウンロード
本記事でご紹介した心理的安全性、AI活用、研修効果測定などのトピックを、全72ページのフルカラーレポートにまとめています。セッションで使われた実際のスライドやスピーカーの写真も豊富に掲載。自社の研修企画や社内提案の参考資料としてご活用ください。







